KDMの歴史
「KDM」ってなあに?
「KDM」とは、「賀茂ドレスメーカー (Kamo Dress Maker School)」の略称です。賀茂ドレスメーカーは、昭和20(1945)年に檜高憲三(ひだかけんそう)によって創立された洋裁学校です。
「KDM」の変遷
昭和20年10月1日-西条小学校校長であった檜高憲三が、賀茂鶴7号倉庫にて、「賀茂ドレスメーカー女学院」を開校。初代理事長に檜高憲三、初代校長に檜高幸子就任。
昭和22年3月 -賀茂郡最初の公認校として、広島県知事より認可を受ける。
昭和27年3月 -現在地に移転。財団法人「独創学園」の所有する洋裁学校として発展。
昭和28年12月-広島県知事より、県下優秀校として表彰される。
昭和35年4月 -杉野ドレスメーカー女学院の認証校となる。
昭和41年1月 -檜高幹雄が2代目理事長に就任。
昭和41年4月 -檜高聖子が2代目校長に就任。
昭和45年4月 -従来の昼間部「本科」「師範科」に「自由科」を新設。
昭和45年10月-校舎改築、及び駐車場設置。
昭和50年1月 -日本洋裁技術検定協会の認定校となる。
昭和51年4月 -新校舎落成(茶室、調理室、宿直室を完備)。専修学校の認可を受け「賀茂ドレスメーカー専修学校」と改称。
平成16年3月 -檜高聖子が3代目理事長に就任。
平成19年4月 -旧校舎改築(多目的教室、調理室を完備)。
平成25年7月 -法人制度改革に伴い財団法人を解散。「賀茂ドレスメーカー洋裁教室」と改称。
令和5年10月20日 ー「賀茂ドレメ ソーイングスクール」と改称。
「KDM」の歴史
「賀茂ドレスメーカー」は、戦後日本の女子教育を支える教育機関として、賀茂郡西条小学校で「西条独創教育」を実践した檜高憲三により、昭和20年に創設されました。当時は、西条校に加えて黒瀬や福富方面など広範囲にわたり分校を持ち、生徒数は西条校だけでも年間300名を越えました。毎年、展覧会やファッションショーが盛大におこなわれ、学校界隈はおしゃれで華やかな若い女性たちでにぎわい、賀茂郡のファッションの中心地として栄えました。
昭和41年、26歳で第2代理事長に就任した檜高幹雄は、市議会議員として「郷土を愛する会」を発足、地元の若き有志を集め、賀茂郡から東広島市への編成、広島大学の誘致を推し進めるなど地域社会の発展に積極的に貢献するかたわら、賀茂ドレスメーカーにおける女子の教育機会を、洋裁から料理・茶道・華道にまで拡大し、新しい時代の担い手を育てる学習塾「独創学園」を創立しました。
平成16年、第3代理事長に就任した檜高聖子は、昭和16年に建築された(建物正面に残る「1941」の文字は建物の建立年を表している)すでに老朽化した校舎を改築。多目的ルームを新設し、「KDM文化教室」として文化事業を継続・発展させ、社会貢献をめざしております。
「KDM」の今
現KDMスタッフは、先代理事長らの遺志を受け継ぎ、「世の中の一隅を照らす人に」を合言葉に、幅広い世代の人々が心身の健康と幸せを享受し、よりよい生活を送られる場を提案・提供したいと願っております。
現在、「賀茂ドレメ ソーイングスクール」「KDM yogaスクール」「進学指導の独創学園」「Healing Temple ~癒やしの館~フレグランスライト」、「月山易相」を展開しております。
事業の種類はそれぞれ異なりますが、スタッフ一同みな志を同じくし、皆様を大切に思う姿勢に変わりはございません。
皆様とのご縁を大切にしていきたいと思っております。
今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。